■act.2

イラスト・柊のぞむ様

 私を飛影に託すと、さんは慌しく走って行った。
 普段から落ち着きのある人じゃないけれど……今日は特に慌てているような。

 「さん今日忙しいの?」
 「知らん」

 か、会話が続かない……!

 冷や汗を浮かべる私の近くの窓から、さんがものすごい形相で走っているのが見えた。

 さんー! 忙しいなら忙しいって言ってくださいー!
 そしたら私、明日にでも出直してくるのに……

 クリスマスは確かに忙しかったけど、終わったら終わったでまた色々やることはある。
 大掃除とか、年賀状とか、だって師も走る師走だもん。

 私はチラッと飛影を見た。

 そりゃ、飛影とふたりっきりなんて、このサイトでは特にレアな状況だけどね。
 でも設定もテーマも何にもなしでポイッとふたりにされてもちょっと困る。
 幽助とか桑原くんだったらまだ会話も弾むだろうけど……。

 「オレは何をしたらいいんだ」

 むすっとした表情で飛影が腕を組む。
 怖いよ飛影、睨まないで……。

 私は焦って頬を両手で包んだ。

 「な、何って……」
 「さっさと言え」

 私にもわからないんだってば!

 窓の外を見ると、相変わらずさんはパンプスで全力疾走している。

 「黒蔵馬道場のことは知ってる? 飛影」
 「ああ、実にばかばかしい」

 とりあえず喋ろう。何でもいいから喋ろう。
 退屈させたら斬られそう。

 「この道場ができて以来、蔵馬ってばますます黒くなっちゃったでしょ?
  お陰でこのサイト、空気が悪いと言うか、すさんでいると言うか」

 「もとからだろう」

 飛影がつまらなさそうに横を向く。
 た、退屈してる――?

 私は冷や汗を浮かべて結論を言った。

 「だからね、私、蔵馬にお説教しようと思うの。
  閲覧者やさんをこれ以上いじめないようにって」

 「そんなことをしてお前に何の得があるんだ」

 飛影は視線をこちらに流した。

 「だって……蔵馬は本当は優しい人だもん。
  黒蔵馬なんて呼ばれていたら、黒蔵馬じゃなきゃいけない気になるでしょ?
  自分の好きな人が誤解されるのは嫌だな、私」

 「あいつの性格は歪みまくっているぞ」

 まあ、それも否定しない。
 私が苦笑いすると、飛影は仕方なさそうに息をついた。

 「まあいい、どうせ暇だから付き合ってやる。
  黒い性格とやらに耐性がつけばいいんだな?」

 「う……うん。でも、今日は蔵馬忙しいんでしょう?
  他に黒キャラなんて……修羅くんとか? 樹さん……裏浦島……」

 「……だ」

 考え込む私の前で、飛影が低い声を出した。

 「え?」

 訊き直す私の前で、飛影は自分を親指で指した。

 「オレが師範だ」

 「どうだ。蔵馬など怖くも何ともなくなっただろう」
 「いや、根本的に黒の方向性がずれてるよ飛影……」

 私が思わず呟くと、飛影は珍しく戸惑った顔をした。

 「キサマもと同じことを言うのか。
  何が気に食わん!」

 怒鳴られて、思わず悲鳴のような声で答える。

 「気、気に入らないとかそんなこと言ってないよ!
  飛影、すっごく強かったし、何ていうか凶暴? 暴君?
  それはそれで暗黒街のボスって言うか!」

 ニヤリ。

 上がった口角を隠すように、飛影は背中を向けた。
 ……よ、喜んでる?

 「結局のところ、何の修行にもならなかったということか?」
 「え、あ! でも別の意味で心臓鍛えられたって言うか……」

 伏字の嵐だったし……さんってば。
 伏せればいいってものじゃないでしょうに。
 あれじゃ隠すことはできるかもしれないけど、名前変換の意味なんて全然ないもん。

 「……最近のさん、捨て身だよね」
 「ここまで来ると趣味としか思えん」

 飛影がフン、と鼻を鳴らす。
 私はむしろ飛影の言い方に吹き出した。

 「噂をすれば何とやら、だ」

 飛影が窓を顎で指す。

 さんはさっきみたいにバタバタしていないでゆっくりと歩いていた。
 よかった、これならつかまえられる。

 私は窓を開ける……が、呼び止める声は出なかった。

 彼女は、泣いていた。
 よく泣き真似をする人だけど、そうじゃなくて、本当に。

 どうしたの?

 声を掛けられる雰囲気でもない。
 大切なものをなくしてしまったような、そんな呆然とした表情にも見えて。

 私には気が付かなかったのだろうか、彼女は窓のすぐ脇を通り過ぎて行った。
 風に混ざって小さなささやきが聞こえた気がした。

 「ごめん……ごめんね、さん……」

 え、私?
 謝られるようなことは……まあ、いつも第一声で謝ってくるけど……

 でも、あんな風に深刻に謝られる心当たりはない。
 空耳、だよね。

 「……飛影……
  今、さん私にごめんって言わなかった?」

 それでも気になってつい訊いてしまう。
 飛影は横を向いたまま無表情に口を開いた。

 「オレには鼻水をすする音しか聞こえなかったが」

 「……ごめん、って」

 「それは言っていたかも知れんな。
  あの女の口癖だ。
  どうせまた暴走しているんだろう」

 ああ、確かに。

 ……思わず納得してしまう私を許してさん。

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The other side of act.2


黒蔵馬道場は納得してくださる皆さんによって支えられておりますのでね。

20061230