さん家は相変わらず空気が悪い。
 扉と言う扉から排気ガスみたいな黒い空気と悲鳴が漏れている。

 「明日きみは、癌陀羅で黄泉の鼻毛を冷酷に引っこ抜くといいことが……」
 「ええーっ!? 無理!」

 あそこも怖い。激しく怖い。

 だけどもっと、あんなの比にならないくらい危険な部屋がここにはある。

Hide-and-seek Princess
 ■act.1

イラスト・柊のぞむ様

 「なんで……なんでラーメン食べに行ってこんな……」

 私はぐったりと道場の入り口にへたりこんだ。

 『黒蔵馬道場へようこそ!』

 明るい声のアナウンスが白々しく流れ続けている。
 私はうつろな目でしばらくそこに座って時をやりすごした。

 ……が、ふと思い立って再び道場の扉を開く。
 コース選択の説明を続ける機械を無視してキョロキョロとあたりを見回した。

 これはやっぱり私がやらなきゃ……。

 「STUFF ONLY」のプレートがぶら下がっているドアが目に入る。
 あれ、何か違和感があるな。
 首を傾げながらドアに手を掛ける。
 ざわっ……
 反射的に鳥肌が立つ。

 ひるんじゃだめ!
 これこそまさに奥に蔵馬がいる証拠。
 私は息を飲むと、ノブを持つ手に力を入れた。

 「た……たのもう……」
 「さんっ!?」

 悲鳴のような声が響き、私はずるずると首根っこをつかまれて引き戻された。

 「さん、いったい何があったの!?
  その若さで世を儚むなんていけません~!
  っていうかこんなところで死なれたら私も蔵馬に殺されるっ!」

 私を引き戻したさんはさめざめと泣きながら私をがっちり抱きしめた。

 「い、いや、いくら黒蔵馬だっていきなり殺したりは……」
 「あの部屋は別! 師範に会いたいんだったら事務所です~!」

 私はプレートを指した。

 「でもスタッフオンリーって……」
 「あれも師範の罠です~!
  STAFFじゃなくてSTUFF。
  詰め込むのみ、の未修正アングラねた置き場です~」

 さんはどこからともなくマウスを取り出す。

 「STAFF ONLYはこっちです~」

 いいながら、ただの壁をそれでなぞるとSTAFF ONLYの文字。

 「反転……!」
 「こんなの気が付くの、雪花さんくらいです~」
 雪花さん、ごめんなさいです~!
 でも、肝心の入り口が……。
 不思議に思う私の前で、さんはびたりと壁に張り付き、ドンとそこを蹴った。

 キー、バタンっ!

 大きな音が響き、思わずつぶった目をそっと開けるとさんがいない。

 キー、バタンっ!

 「というわけです~」
 「べたべた……ですね……」
 「道場ですから!」
 「……どちらかというと忍者屋敷です……」

 無事、事務所に通された私は、さんのいれてくれたコーヒーをひとくち飲んだ。

 「それにしてもどうしてまたそんな恐ろしいことを……」

 さんは私の向かいに座ると、眉をハの字にして両手で頬杖をついた。

 あれ、今日のさん、何か雰囲気違う。
 珍しくお化粧もしっかりしてるし、スーツなんか着て……ダーさんとデートかな。

 「まあ、でも何だか道場らしくなってきて嬉しいわ。
  ここにも道場破りが現れるだなんて」

 彼女はうふふと笑う。
 そう、再び戻ってきた理由――それは『道場破り』。 

 「でもやっぱ危ないって。相手は蔵馬だよ? 食べられちゃうよ?」
 「危ないのはこの道場ですってさん」

 ラーメン食べに行けばメイドにさせられるし……
 お酒を飲みに行けば働かされた挙句に魔界酒盛られるし……

 何よりただでさえ「あれ」だった蔵馬。
 道場ができて以来、日に日に迫力が増してきている。
 このままでは黒蔵馬どころか暗黒大魔王になってしまいそうな勢い。

 「まあ確かにね……」

 さんは疲れた笑いを浮かべてコーヒーを飲む。

 「でも、ごめんねさん、今日はなぜか朝から蔵馬の姿が見えな……」

 言い掛けてさんは固まる。
 彼女の視線を追って窓を見ると、すぐ側を蔵馬の頭らしき物体が通過していくところだった。

 「……姿、見えましたね」
 「そうっすね」

 シン、と沈黙が流れ、さんはドンとテーブルを叩いた。

 「やっぱダメ! 今の黒々としたオーラ見たでしょ?!
  あいつ今日は機嫌悪いわ!
  久しぶりに黄泉さんにでも会いに行かない?」

 「……あ、あのでも、今蔵馬、鼻歌歌ってました……が……?」

 彼女は途端に青ざめる。

 「そ、そうだった!? あははー」

 ……怪しい。
 今日のさん、何か変。

 「ひえ……!」

 不審に思って観察する私の前で、またも窓の外を見て彼女は目を見開く。

 「ごごごごめんさん、ちょっとここで待ってて!!」

 言うなり、バタンと隠し扉が鳴いた。

 数分後帰ってきたさんは、飛影と一緒だった。

 「いろいろ考えたんだけどねぇ、やっぱいきなり黒蔵馬は危ないと思うの」

 飛影の三白眼がじっと私を見上げている。
 私は戸惑ってさんを見た。

 「ちゅうわけで、修行しましょう」

 目が合うと、彼女はにっこりと微笑む。

 「を蔵馬より強くしろと?」
 「ええ、まあ」

 飛影はギロリと私を見る。

 「邪眼をつけろ」

 事務所に私たちの悲鳴が響く。

 「……つまりが蔵馬を出し抜けるようにしろということか?」

 さんの必死の説明に飛影は面倒くさそうに訊いた。

 「何か人聞き悪いんだけど……そういうことかな」

 っていうか、飛影本当にわかってるのかな。

 「このサイトに染まらんようにするのが一番だろう」

 あ、わかってるみたい。
 さんががっくりと倒れた。

NEXT
The other side of act.1


蔵馬が鼻歌に何を歌っていたかが気になるところ。
STUFF ONLY/STAFF ONLYはフィクションです。
そんな危ないページは探してもありません。

20061230