The other side of act.2

■13:11 メインキッチン

「すげー形相だなあいつ。目ぇ吊り上ってんぞ」
「形相って言うか……パンプスであんなに早く走る人初めて見たわ」

幽助と螢子は料理を作る手を休めて窓の外を見た。

「あいつ100m走、23秒とか言ってなかったか?」
「今なら多分10秒切ってるわね」
「ハイヒールってドーピングの一種か?」
「……いや、そもそもあんなのはいて走れる人いないから……」

螢子は呆れたように息をつく。

「蔵馬さんって、探しているときにはいないのよね」
「嫌なときには必ずスタンバってんのにな」
「あの様子じゃ、会場にはいなかったのかしらね」
「って言うか、蔵馬よりだろ。飛影に足止めさせるって……」

■13:18 メイン会場

「……ほんっと無謀な人だねぇ」
「まあしかし、あいつが言うことも一理ある」

ぼたんがため息をつくと、コエンマが手を止めた。

「まともにの相手をできるようなやつは、まともにこうして働いているやつだ」
「飛影さん、姿が見えないと思ったら道場にいらっしゃったなんて」

雪菜がおっとりと頬に手を当てる。

「ほっとけほっとけ、どうせここにいたってへの役にも立ちゃしねぇ」

ガコンガコンと釘を打ちつけながら桑原が毒づいた。

「しかしも無謀なことを言う。もしも飛影網が破られたら……」

■13:26 ゲスト控え室

「……鍵をかけて気配を消せ?」

呆れた顔で見上げる静流にはこっくりと頷く。

「ここはともかく、会場は無理あるんじゃないの?」
「一応のためにカーテンを閉めさせているから、入り口だけね」

そういう問題じゃなくて、と静流は心の中でつっこむ。

「で、蔵馬くんは見つかったの?」

は難しい顔でかぶりを振る。

「見事なすれ違いだったのね。キッチンに行けば彼は会場でお花の準備をしていて」
「会場に行ってみれば、ここでドレスのチェック」

ふぅ、と煙を吹き出して、静流は苦笑いした。

「なら、今頃はまたキッチンに戻ってるんじゃないの?」
「そしてまたキッチンに行けば会場にいるのよアイツは!」
「……逆回りしたら?」

■13:27 キッチン(別間)

はゼイゼイと肩で息をしながらぐるりと室内を見渡した。

「……いないじゃん」

しかしあの蔵馬のこと。
その辺に潜んでいるかもしれない。

思わずシンク下や戸棚、ゴミバケツの中などバカバカしい捜索をしてしまう。

「……いないじゃん」

と、冷蔵庫の中にプチケーキを発見したは真っ青になった。

「まさか……まさか……これがバースディ・ケーキ?」

は時計を見ると低い声で呟いた。

「やる、しか、ない……」

■14:19 キッチン(別間)

はとてもケーキ……いや、人間の食べるものとは思えない物体を前にうちひしがれていた。

「どうしよう……!
 今から買いに行ったって、こんな大きなケーキなんて……」

メインキッチンから幽助と螢子の騒がしいやりとりが漏れてくる。
ケンカのような、じゃれ合いのような、いつものふたりの会話。

『何でオレが螢子と同じ係なんだよ!』

打ち合わせで叫んだ幽助の声が脳裏をよぎる。
そういう文句はいっぱい出た。
……けれど誰も「面倒くさい」「いやだ」とは言わなかった。

「全部自分たちでやろうって……
 さんを驚かせてやろうって……」

は重い体を壁に預けた。

それなのに、ケーキは既製品なんて、そんなことできない。
せっかくみんな頑張っているのに、そんなことできない。

視界に冷蔵庫が映り込む。
はゆっくりと近付き、それを開けた。

足首を冷気がゆっくりと包んでいく。
白いもやに包まれるように、小さな小さなケーキがぽつんと入っていた。

蔵馬、どうしてこんなに小さなケーキを作ったんだろう。

『ケーキはオレひとりで作りたい』

打ち合わせのときの彼の言葉を思い出す。
蔵馬がケーキなんてとみんなに笑われつつ、譲らなかった彼。
そして作られたケーキがこれ。

蔵馬、本当はふたりっきりでさんのお誕生日をお祝いしたかったんだよね。きっと。

私が軽々しくパーティしようなんて言い出して……
みんなが楽しそうに計画なんて始めちゃって……
どんどん人が集まって大掛かりになってきちゃって……

ごめんね、蔵馬。さん。

どうしてひとこと聞いてあげなかったんだろう。
どうしてたったひと時立ち止まれなかったんだろう。
私はいつもそうだ。
思い立ったら夢中になって、どんどんどんどん暴走して。
いつの間にか一番大切なものを見失っている。

そうやって私は、みんなにどれだけ我慢させてきたんだろう。
みんなの優しさに甘えて。

……ふと、自分の口が動いていたことに気付く。

「何とかしなきゃ、何とかしなきゃ……」

自分が言葉を発していたことにすら気が付かなかった。
こんな状態で何かを思いつくわけがない。

頭を冷やしてこよう。

■14:30 キッチン(別間)

「……なんだこれは」

蔵馬は調理台にどさりと荷物を置く。
と、そこに書置きを見つけた。

『幸せになってください』

「……なんだこれは」

■14:31 メインキッチン

「幽助、さん見ましたか?」
「おー、蔵馬、どこほっつき歩いてたんだ?」

幽助はくわえていた煙草を手に持つと、ふうっと煙を吐く。

「さん、蔵馬さんをすごい剣幕で探してたわよ」
「鬼ごっこなんてしてる余裕あんのか? 大丈夫かよ、ケーキは」

螢子も顔を出し、ふたりで蔵馬に苦笑いを向ける。

「ああ、オーブンが小さすぎて焼けないんで、スポンジを癌陀羅で焼いて来たんですよ。
 あとはデコレーションだけです」

蔵馬は余裕だと微笑む。

「あの、ところでキッチンをさんに荒らされたんですが」

蔵馬はひらひらと書置きを見せる。

「はあ?」
「おー? 何だのやつ、こんなところでパソコンの仇をとりやがったか」

カラカラと笑う幽助を、螢子が軽く小突く。

「あれはちゃんのパーティのケーキなのよ? そんなことするわけないじゃない」

「するってーとあれか?
 のために駆けずり回るおめーを追い掛けてるうちに、自分の心のモヤモヤに気付くんだ。
 何? この胸の痛み。どうしてこんなにイライラしているの私。
 ……私、もしかして蔵馬のこと……」

くねくねと身をよじらせる幽助を、蔵馬と螢子は引き気味に見つめる。

「そこにおめーの愛のケーキを見つけるわけだ。
 これはさんへの愛の形……ううっ……
 こんなもの、こうしてやる! こうしてやる!」

蔵馬と螢子はひそひそと囁く。

「……どうしたんですかあの人」
「さあ……夜働いてるし、昼メロにでもはまってるのかも」

すっかり役に入りきった幽助は、手首に包丁を押し付けよよよと泣き崩れている。

「……まあいいや、とりあえず彼女、ここにはこなかったんですね?」
「え、私見たわよ?」

螢子が大きな目を蔵馬に向ける。

「さっきゴミを捨てに行ったら、ちょうど近くを通って……あ……」

口元を覆った螢子を、蔵馬はいぶかしんで見る。

「さん、泣いてたかもしれない」
「……は?」
「あのさんだし、どうせいつもの冗談だろうって気にしなかったんだけど」

脇ではしぶとく幽助が号泣している。

「許してさん、蔵馬っ!
 蔵馬の心は私にはないのに!
 私が勝手に好きになっただけなのに!
 これはさんのひいひいおばあさまの形見のネックレス!
 こんなに大切なものをこんなにしてしまって……!
 こんな私の命で払えるものではないけれど……!
 でももう邪魔はしないわ。幸せになってください」

「しゃれに……」
「ならないんですが幽助……」

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20061230