てんくろ漫才

「美馬を取られて淋しいですか」
 ……寝ぼけているのだろうか、そこのオレは。
「美馬さんはオレのものじゃない」
「拗ねているんですね」
 オレはつい眉根を寄せて目の前のオレを熟視してしまう。
 これは恐らくオレだろう。そのオレがアレをオレのものだということはすなわち、コレはアレが自分のものだと思っているということなのか。

「だいぶ趣味が悪いな」
「これは失礼。美馬のせいでこういう物言いが癖になってしまいまして」
 『女の趣味』と言ったつもりだったが彼はどうもオレが白旗をあげたと勘違いしたらしい。
 先ほどのオレの集団の会話を思い出して観察すれば、確かに紛らわしく点がついていた。
 これはさっき左に座っていたオレだ。
 やたらと頭が切れる上に、少々好戦的な性格だった気がする。
 きっとさらにこちらを挑発するような言葉を並べるに違いない。
 関わらないほうが身のためだ。オレは訂正もせずにその場を離れようとする。

 しかし、予想に反して点付きのオレは急に眼の力を弱め、声のトーンを落としてオレに並んで立った。
「わからないでもないです。オレたちは到底白君には勝てない」
「勝つ?」
「これまで全ての話でオレは全てのヒロインの心を自分のものにしてきた」
「それはそうでしょう。美馬さんはそういう話しか書かないんですから」
 オレの言葉に、隣のオレは刺すようにこちらを睨む。
「ひとつ忘れていないか。オレのものにならなかったヒロインがいることを」
「飛影夢のことですか」
「……いや、彼女は構わないですが」
 咳払いをする彼から目を逸らして見なかったふりをする。
 その一瞬で気を取り直した彼は、テーブルの方を睨み据えて先を続けた。

「ひとりだけいるでしょう。道場のマニア向けサブヒロイン、美馬若菜ですよ」
 道場だったらメインヒロインでも恋愛沙汰にならないことがある気がするが、それはもう口に出すのはやめた。無意味なことだ。
 そう、どういうわけかこの「オレ」はあの女の姿しか目に映っていないのだ。
 気の毒に……。
 憐憫の情にため息がこぼれる。
 点はハッとしたようにオレを見ると、相変わらず自信にあふれた微笑みを浮かべた。

「何か勘違いしていませんか」
「いや、分かっている。大丈夫だ」
「いや、その『大丈夫』というのは……失礼。海藤、さっきからピーピーうるさいですよ」
 彼は急に会話を中断させると八つ当たりするように海藤を睨み下ろす。
 海藤は突然冷たい視線を浴びせられて一瞬は驚いた顔をしたが、すぐにいつものポーカーフェイスに戻ると、立てた親指で耳越しに窓際の一角を指した。
「それは彼らに言って欲しいね」
★ぴんくらまさんが話せない話
”点”は自分を落ち着かせるかのように深く息を吐いた。
「……すまない。少しイライラしているようだ。君の協力に感謝する」
 気の毒なほどに呆然としながら深夜の会話を聞いていた彼は、うわ言のような声で海藤に礼を言う。
 なまじっか立ち回りが巧いぶん、手に負えない状況というものには耐性がないのかもしれない。

 横目で見守るオレの視線に気付いたのか、彼は取り澄ました顔で背筋を伸ばすとキッと標的を睨んだ。
「さて、オレはあっちを何とかしよう」
 涼しい笑いを浮かべながらも、妙に足音が大きく響く。
 少しどころかだいぶイライラしているようだった。禿げないといいが。

 ――そもそも。
 オレは腕組みをして壁にもたれかかり、「オレ」の後姿を眺めた。

 「点」のオレは色々なものが見えすぎるのだ。
 そして気付いてしまった事物を見て見ぬふりをすることができない。
 それが美学なのか、誠実さなのか、性格的な生真面目さなのか、不器用さなのか。
 アレがオレなら、オレにもそんなところがあるのだろうか。
 ……さすがにそれは自惚れが過ぎるな。「オレ」たちにも個性があるに違いない。
 オレは「点」の頭皮の健康を願いながら目を伏せた。




20251228