Happy Birthday

 なにがどうなっているのか、とにかく説明してほしい。
 まず頭に浮んだのがこれ。
 目の前には薄暗くて鬱蒼とした見たこともない不気味な森。
「なっなんなのこれは!」
 ついさっきまで家にいたのよ。
 今日は私の誕生日だからダーリンが外で食事しようって。
 念入りにお化粧しておしゃれして待ち合わせ場所に行こう、と玄関のドアを開けただけなのに。
「一体いつからうちのドアはどこでもドアになったの!」
 いや待て、驚いている場合じゃない。とにかく冷静になれ。
 もう一度ドアをくぐればいいんだ。そうすれば帰れるはずだ。
 そうよそうよ、と振り向くとドアがない。後ろも前も同じような森の景色。
「……………………」
 思わず頬をつねるが痛い。痛いということは現実。
 仮にこれが現実としてもここは一体どこ?
 我が家から一気に富士の樹海にワープしたわけ? そんなことありえるか!
 とにかく頭を整理しよう。そう。まずは落ち着いて、と自分に言い聞かせているとちょんちょん、と誰かが肩をつついた。
 はい? と振り向くとどこかで見たことあるような白装束を着た男たちがいる。
 人だー、と思ったけどよく見ると違う。
 耳が尖ってたり、頭に触覚が生えてたり。肌の色が青だったり。
 ここはなんのコスプレ会場? 驚く私に耳の尖っている男が言った。
「おまえ人間だな」
「人間かもなにも、人間です」
 なんなのこの人たち。コスプレしてキャラになりきってるわけ?
 そんな冗談に付き合ってる余裕はないんだから。
 早く行かなきゃ。ダーリンが待ってるわ。
 とにかくドアを探そう、と足を踏み出すと男が私の腕を掴んだ。

「出せー! なんのまねよ、これは!」
 目の前の鉄格子を掴んでとにかく叫んだ。
 男が私の腕を掴んで言ったことは
「最高の戦利品だぞ」
 そして荷馬車のようなものに放り込まれ、地下牢に入れられたのである。
「誰が戦利品だ!」
 散々騒いだけど誰も助けてくれない。それよりドスの利いた声でうるさい、と言われる始末。
 だけどこっちはなにもしてないのよ。それなのに地下牢に入れられる覚えはないって!
 どんなに叫んでも誰かが助けに来てくれる気配はない。
 ああ、なんでこんな事になったの。
 今日は私の誕生日だというのに。
 本当なら今頃ダーリンと豪華なフレンチにワイン。
 ダーリンが人気店の予約を取ってくれたのに。
 有名パティシエが作る私のバースデーケーキが…
 それなのに今いるのは暗い牢屋。私がなにをしたって言うの?
 それよりもここはどこ?
 うなだれていると誰かが降りてくる足音。
 助けが来た? と思ったらやってきたのは、さっき私の腕を掴んだ頭に触覚の生えた男。
 ガシャン、と牢を開けると
「出ろ」
 ……へ? 出ていいの? 晴れて自由の身?
 とにかく牢から出ると男は付いてこい、という仕草をした。
 このまま牢屋にいても仕方がないし、出られるんならなんでもいいわ。
 とにかく男の後を付いて行くけど、ここって映画のセットかなにかかしら。
 決して明るい、とはいえないけど古いお城。だけど柱なんかに凝った装飾がしてあるの。
「ねぇ、どこに行くの」
「お頭のところだ。俺たちがおまえを拾ったからとにかく連れてこい、と言われた」
「お頭?」
 変な名前。
「ねぇここってどこなの?」
「俺たちのアジトだ」
「アジト? なんの?」
「盗賊のだ」
 とうぞく……盗賊!? 今のこの世の中に盗賊!?
 冗談、よね。きっと。
「安心しろ。おまえは一滴の血も残さず食ってやるから」
 はい!? なんか今ものすっごい物騒なこと言わなかった?
 なっなんなの、ここは。逃げたいけど逃げられる雰囲気じゃない。
 もしかしてこれから会う「お頭」とらやに会ったら私の人生終わり?
 そんな! と真っ青になってる間に「お頭」の部屋に付いてしまったらしい。
 男が人間の女を連れてきた、と言うと扉から出てきたのは黒い髪に荒々しい雰囲気をした、耳の尖った額と頭に角のある男だった。
「コイツが拾った人間か」
 彼は不躾にジロジロと私を見る。食い応えがあるか品定め?
「おっお頭さん…?」
「オレは頭じゃねぇよ。頭はあっち、蔵馬だ」
「蔵馬!?」
 驚いて彼の指さす方を見ると長い銀髪の後ろ姿が見えた。
 その頭には獣の耳、お尻にはふさふさのしっぽ。
 見たことあるけど、でもそれはあくまでも漫画の中であって。
 おそるおそる部屋の中に入ると銀髪の彼がこちらを向いた。
 怜悧な金の目をした恐ろしくも美しい彼は間違いなく
「妖狐蔵馬……」
 金の目はものすごく冷たくて怖いけれど、目が離せない。
「ほぉ。人間がオレの名を知っているとは。オレも有名人になったものだな」
 この声。つい聞き惚れちゃうわ…
 いやいや、そうじゃなくて。いくらコスプレヤーで……ってあの耳、動いてる……
 よく見るとしっぽも。いくらコスプレのうまい人でもここまでリアルに作れる?
 なんか…後ろにいる彼もどっか見覚えがあるような…まさかね。
「おい、女」
「あの、妖狐蔵馬、ですよね」
「そうだ。さっきオレの名を呼んだろう」
「質問があるのですがここはどこですか」
 さっき盗賊のアジトって言ってたけど、目の前にいるのが妖狐蔵馬って事は…
「盗賊のアジトだ」
「それは聞きました。私が聞きたいのはここは一体どこなんですか」
 蔵馬は一瞬、眉を動かしたけどすぐに教えてくれた。
 ただしどう考えても非現実的な答え。
「ここは魔界。おまえたち人間が暮らす人間界とは別の世界だ」
「魔界…………って嘘ぉ!」
 魔界ってあの魔界?
 冗談でしょ、と言いたいけど南野蔵馬ならまだしも、妖狐蔵馬が冗談を言うとは思えない。
「嘘を言っても仕方あるまい。その様子だとおまえは次元の狭間を越えてしまったようだな」
 次元どころじゃないって! トリップまでしちゃってるじゃないの!
 そりゃ幽白の世界でわきゃわきゃしたいって小説書いてるけど、現実になっちゃったの!?
 『君のペット』のヒロインと同じじゃない!
 それが我が身に降りかかろうとは……
 てことは、目の前にいるのが蔵馬。後ろにいる彼は…
「もしかして黄泉さま……」
「お、オレも知ってるのか。どうだ蔵馬。オレたちもかなり有名人になったぜ」
「そのようだな。おい、女」
「あっあの! 私これからどうなるんですか!」
「そりゃ食うに決まってる」
 やけにあっさり言うわね、黄泉。
 そーいや彼って人食の妖怪だったっけ。忘れてたけど。
 ん? でも食うって…
「それはやっぱり食事の意味で…」
「両方だ」
 両……方……
「ちゃんと可愛がってやるぞ」
 予感的中!! 命と貞操の危機じゃない!
 私がなにをしたってのぉ~!
 年に一度の私の誕生日。ディナーに行くはずがまさか
「誕生日が命日になるなんて……」
「おい、女」
 はい~? と顔を上げたら目の前に美形のドアップ。
 銀の髪はサラサラときれいで、金の目が真っ直ぐ私を見ている…
 こっこれは鼻血が出る!
「なっなんでしょう」
 思わず背筋が伸びてしまうのは条件反射だと思うわ。
 乙女ならわかるはず!
「名はなんだ」
「っ。です!」
「か。はなぜ魔界に来た」
 そんなの私が聞きたいです、蔵馬。
 我が家のドアが魔界に直結してるなんて夢にも思わなかったもの。
 とはいえ他に言い様もないから仕方なくあるがまま蔵馬に説明した。
 私の説明を黙って聞いていた蔵馬は少し考えると
「次元の歪みがの家の扉に繋がったようだな」
「そのようです。私、人間界に帰れますか?」
「さあな」
 さあなって! 他人事に言わないでよ!
 こっちには重大問題なんだから。
「なんで誕生日にこんな目に……」
「なんだ、そのタンビョウビってのは」
「魔界には誕生日ないの?」
「知らん。聞いたこともない」
 魔界には暦ってないのかしら。
「簡単に言うと生まれた日に1つ年を取ったことを祝う日のことです」
 これ以上、年取りたくないけどね…(泣)
 誕生日がうれしいのは子供の時だけよ!
 あ、でもプレゼントもらえるのは嬉しいけど。
「そんな生まれた日なんざ祝ってなんになるってんだ。くだらねぇ」
 うわー言ってくれたよ、黄泉ってば。
 らしいって言えばらしいけど、これで将来パパになったら親バカとも言わんばかりに毎年修羅の誕生日を祝ってるじゃない。
 しかも魔界中を巻き込んで盛大に。
 招待状には貴重な言玉まで使ってさ。くらぴぃがうんざりしてたよ。
「なんか言ったか」
「なんにも! それより蔵馬と黄泉の誕生日っていつなの?」
「さぁ」
「覚えてないな」
 それもそうね。そもそも『誕生日』を知らないんだもの。
 聞くだけ無駄だったわ。でも気にはなる…
「それでは今日が誕生日とやらなんだな」
「そうよ」
「何歳になった」
「じょっ女性に年を聞くなんてマナー違反よ! 黄泉!」
「あ? そうなのか?」
「そうよ!」
 デリカシーがなさ過ぎる!
「いくつになった、。答えろ」
 妖狐蔵馬のこの声。なによりあの美形が私を見ている…
 これに逆らえる乙女がいるなら見てみたいわ。
「えーと……」
 信じられないけど今日から1つ増えちゃうのよね。
 とっさにマイナスしとけばよかったかしら。
「なんだ、まだガキじゃねぇか」
 はい? なに言ってんの、黄泉は。一体どこがガキだって?
 若く見られるのはうれしいけど、ガキはないんじゃない?
 充分大人の女に向かって。
 ムッとしてると蔵馬がくつくつと笑った。
「人間は寿命の短い生き物だったな。我々妖怪からすれば、はまだ子供だ」
 確かに妖怪は寿命が長いもんね。
 南野蔵馬だって高校生と偽ってるけど、本当は1000年以上も生きてるわけだし。
 年齢詐称にもアレは犯罪よね。うんうん。
 だからって妖怪と人間の年齢を一緒にしてほしくはない……
「そんなことより蔵馬。コイツはオレが食うぜ」
 はう! 貞操と命が危機だってこと忘れてた!
 どっどうしよう。逃げるにしたって魔界じゃ人間は食糧だから逃げ場はない。
 やっぱり誕生日が命日になるの?
 あぁ、目の前が真っ暗に……なりかけた時、なにかにぐいっと肩を引き寄せられた。
「はオレがもらう」
 その声でそんなこと言われたら全国の乙女が腰砕けになるわよ。
 って蔵馬が私の肩を抱いてる~!
 どっどういうこと?
「なんだと、蔵馬」
「は戦利品なのだろう。戦利品をお頭のオレがどうしようがオレの勝手だ」
「おまえにそんな趣味があったとはな」
 あきれたように言うと黄泉は出て行ってしまった。
 えーと、これはひとまず危機を脱したと思っていいのかな?
「」
 脱してない! まだ蔵馬がいたよ!
「そんなに警戒するな。オレはおまえを食うつもりはない」
「ほっ本当?」
「オレは人食ではないからな」
 そっか。元は狐だもんね。
 やっぱり好物は油揚げなのかしら。それともお稲荷さん。
「両方とも好物ではない」
 ……なんで思ったことが聞こえてるの。
「それより蔵馬。手……」
 いつまで肩を抱いてるつもりなのかしら。
 そりゃうれしいけど、ちょっと心臓に悪い……
「。今からおまえはオレの女だ」
「……はい?」
 今なんつった? この狐さんは。空耳、かしら。
「どうせ人間界には帰れないだろう。だから。オレの女になれ」
 空耳の方がよかったー!
「なんで!」
「が気に入った。それだけだ」
「でっでも」
「女を側に置くのはが初めてだ」
 そう言って蔵馬は私を抱き寄せ、少しかがんで顔を傾けて…
「ストップ! たんま!」
 蔵馬の胸を押して止めたから、不機嫌な顔してる…
 なっ流されちゃいけないわ。
 そう。絶対に流されてはいけない。
「だめなの!」
「なにがだ」
「これ!」
 私は左手を蔵馬に突きつけた。
 蔵馬は怪訝そうに私に左手を見るがわからないらしい。
「左手がどうした」
「指輪。薬指にしてるでしょ」
「ああ」
「人間界で左手の薬指に指輪をするのは、既婚の証なの」
「夫がいるのか」
 うん、とうなずくしかなかった。
 どんなに蔵馬が言ってくれても無理なの。
 妖狐蔵馬を振るなんて全国の蔵馬ファンを敵に回しそうだけど、やっぱりダーリンを裏切れない…
 俯いた私の上からフッと小さな笑いとおもしろい、というつぶやきが聞こえた。
 ん? おもしろい?
「ますますが欲しくなった」
「だから結婚してるって」
「は人のモノなのだろ。人のモノは奪いたくなるタチでな」
「なっなんで!」
「オレは盗賊だ。人のモノを盗るのが仕事だ」
 それ犯罪…つーかそんなこと堂々と言いますか。
「そういうわけだ、。おまえをオレのモノにする」
 慌てふためく私とは反対に、蔵馬の手がごく自然に私の顔に触れ、上を向かされた。
「オレの女になれ。」
 美形のドアップにこんなセリフ言われたら…ダメダメ!
 ダーリンがいるんだから。必死で理性を集めて
「。オレが嫌か」
 ……この距離でこんなこと言われて、落ちない女がいるはずがない。
「嫌いじゃ…ない…です……」
「」
 一番優しく名前を呼ばれると、ゆっくり蔵馬の顔が近づいてきた。
 許せ、ダーリン。
 妖狐蔵馬に勝てる男も女もいないのだ。
 彼はまさに最強。
 私は目を閉じて唇にぬくもりが触れるのを待った。

 ガンッ!
「いったぁ……」
 思いっ切り額をぶつけて目が覚めた。
 目が覚めた?
 慌てて起きあがると見慣れたリビング。
「あれ?」
 さっきまで魔界にいて、妖狐蔵馬に口説かれてたのに。
 いつの間に人間界に帰ってきたの?
 それより今額をぶつけたのはテーブル。
 そっか。少しだけ昼寝してたんだっけ。てことは…
「夢だったの!?」
 それにしてはものすごいリアルだった。
 いや、それより夢ならさっさと蔵馬の女になっとけばよかったぁ。
 夢なら現実に害はないんだし。いつも散々、看板息子にはいじめられてるんだから。
「もったいないことしたー」
 あんないい夢、なかなか見られるもんじゃないと思う。
 次見た時はこっちから蔵馬を襲ってやる!
 ふと気が付いた。軽く昼寝のつもりが夢まで見てた。
「今…何時?」
 時計を見て慌てた。もうすぐダーリンとの約束の時間じゃない!
 私の誕生日に美味しいディナーを食べようって、人気店の予約を取ってくれたのよ!
 しかも有名パティシエのバースデーケーキ付き。
 誕生日プレゼントはなにかしら。
 さっき見た夢も忘れてウキウキしながら着替えて化粧をした。
「忘れ物なし、と。いってきまーす♪」
 上機嫌で玄関のドアを開けると、そこはいつもの見慣れた景色ではなく、鬱蒼とした薄暗い森が広がっていた。

 It first returns…?


Happy Birthday美馬さん! ウチの妖狐が「若菜を祝いたい」と言うので、祝わせていただきました。夢オチはお約束って事で☆ あとで吸血植物に襲われないか心配。
ストーリー上誕生日=年を取る日、としましたが誕生日は生まれてきたことを感謝する日です。自分を取り巻く人たちに感謝して、大切な人に出逢えたことに感謝する日です。
美馬さんに出逢えたことに感謝して。改めてお誕生日おめでとうございます!


「そんなに警戒するな。オレはおまえを食うつもりはない」
「ほっ本当?」
「オレは趣味がいいからな」
……と……来ると、本気で思いました葉葛さん!!
妖狐さまったらサービスいいんだからっv
サイトを開設して初めての誕生日。
準備期間を入れると一年掛けていじめ倒してきた蔵馬さんに、まさかお祝いしてもらえるなんて……!
夢オチのようですが、何かさりげなく夢オチじゃありません~!
もしかしたら一生ループにハマっているかもしれませんが、それはそれで幸せかも。
じりじりと少しずつ前進して、唇くらいは奪いたいものです。ムフ!
葉葛さん、素敵な誕生日プレゼントをどうもありがとうございました☆
去年は葉葛さん、そして閲覧者の皆さんにたくさんの幸せを頂きました。
今年はお返しができたらいいなっ。
……そして今年もよろしく世話してやってください、葉葛さん(笑)

20060924