道場破りに来たはずだった。今日は。
それがハッと気付けばこんな格好をして、こんな所にいて……
いったい何がどうなっているんだろう。
その疑問には大きなケーキに施されたデコレーションが答えてくれた。
背景写真・柊のぞむ様
「ハッピーバースディ!」
キャンドルを吹き消すと、一斉に歓声と拍手がわきあがる。
「おめでとう、」
蔵馬が手を叩きながら微笑む。
彼に手を取られて一歩下がると、待ち構えていたようにさんがナイフを光らせた。
「このケーキね、蔵馬が作ったんだよ」
「うそっ!?」
蔵馬はちょっと困ったように何か言い掛けたけれど、すぐに私の目を真っ直ぐに見た。
「が普段作るように上手にはできなかったけれどね」
「そんなことない! すっごく綺麗にできてるし……」
狙ったようにさんが切り分けたケーキを差し出す。
「味も褒めてあげて」
渡されたフォークをスッと差し込む。
見たことのないフルーツがコロンと転がった。
私はとりあえずスポンジとクリームをひとくち食べる。
「おいしい!」
「良かった」
蔵馬の優しい瞳が私を見守っている。
「このフルーツ、なあに? 見たことない」
「それは魔界の果物ですよ」
私の後ろでは、ケーキに皆が群がって取り合いになっている。
さんは給食のおばさんさながらにせっせと大きなケーキナイフを動かしていた。
「……甘い香りがする」
蔵馬が私のうなじに伏せるように顔を寄せた。
私はそんな彼の横顔を観察しながら口を開く。
「さんにコロンを借りたの。
同じ匂いでしょう?」
蔵馬はちょっと興ざめたような顔をして身体を起こした。
「コロンだったら、オレがプレゼントしたのに」
「これがよかったの」
そんな蔵馬の様子に、私は唇を尖らせた。
やっぱり考えすぎかなぁ。
……でもやっぱり、昼間にこっそりと聞いたふたりの会話は耳の奥から離れない。
『妬いてくれたの? 蔵馬』
『火傷しますよ』
そういうやりとりは私の前でも普通に行われていて、誰もが冗談として片付ける会話。
なのにそれがふたりきりで交わされると、途端に違う色を帯びる。
「普段はつけられないもん。これちょっと大人っぽいし」
「コロンのことはよくわからないけど、言われてみれば確かにね」
蔵馬は飲み物を取りながら斜めに私を見た。
「蔵馬はこの香り、好き?」
「嫌いじゃないよ」
グラスを受け取る手が、ドキッと震える。
蔵馬は悪戯っぽく笑った。
「これがだけの香りだったら、大好きって言えたのにな」
会場には花が咲き乱れ、柔らかく明るい雰囲気にコーディネートされていた。
「お花は蔵馬さんが用意してくれたんですよ」
そう言った雪菜さんがそのお花を活けてくれたと別の誰かが言う。
その別の誰かのやってくれた仕事をまた別の誰かが教えてくれる。
この部屋はみんなの優しさでできているからこんなに暖かいんだね。
そう言うと蔵馬はふわりと笑った。
「おめでとう」という言葉に包まれ、いっぱい喋り、いっぱい笑い――。
年に一度訪れる誕生日は、そのたび私に夢の世界をプレゼントしてくれる。
山積みになったプレゼントに目を遣って、蔵馬はくすっと笑った。
「持って帰るだけでも大変だ」
「お花以外は宅急便で送ってあげるよ」
さんが人魂を背負って近付いてくる。
「ど、どうしたんですか? さん」
驚いて聞くと、彼女はがばりと私にしがみついた。
「ごめん~! さん~!
私、パーティに気を取られすぎて、プレゼント用意してなかった!!」
えぐえぐとしゃくりあげる彼女の背を、私はそっとさする。
「プレゼントならもうもらいました。
素敵なパーティを開いてくれてありがとう、さん」
優しい子……
どこかで聞いたような台詞で彼女は私をギュッと抱きしめる。
「というわけで、急場しのぎで申し訳ないけどこれ。
あ、ここで開けるとそこの人に殺されそうだから、後で開けてね!」
手を振りながら彼女はばたばたと走っていく。
「……とか言われると」
「余計に気になりますね」
私たちは、光沢のある黒い紙袋をじっと見つめる。
いや、やっぱりここで開けるのは危険だ。
さんなだけにウケ狙いに走っている可能性が高い。
「なんだろ! 楽しみ~!」
私は一所懸命笑いながらそれを蔵馬の目から隠した。
「……気になるといえば、黄泉からは何をもらったんですか?」
彼の関心はプレゼントの山に移っていった。
「魔界のインクだって。
これで黄泉さんの小説やイラストを書けって言われたの。
蔵馬だけは書くなって3回も念を押されちゃった。なんでだろ」
蔵馬の冷たい視線が人ごみの中の黄泉さんをとらえた。
彼は彼でこちらの会話が聞こえていたのか、さらに念を押すように私に微笑んだ。
「この趣味の悪いラッピングは?」
「それは鈴木さんだよ」
手に取った途端、薄いラッピングがビリッと破れ、中身がごとりと落ちる。
蔵馬は薬瓶に入った白い粉をさらさらと揺すった。
「……なんですか? これ」
それは昼間彼に会ったときに蔵馬対策としてもらった除草剤の改良版だよお。
……なんて、言えるわけないよー!!
「に、入浴剤?」
「……本当に?」
「う、うん!」
訝しがる蔵馬の手から、除草剤をパッと奪って山の中に埋める。
爆弾ばっかりもらっている気がしてきた。
冷や汗を拭っていると、蔵馬がそっと手を引く。
「オレもプレゼントがあるんだ。こっちに来て」
蔵馬に導かれるままに会場を抜け出す。
彼はそのまま廊下の突き当たりのドアを開けた。
私はその前で少しためらう。
ここはさっき、蔵馬とさんがふたりで話していた場所。
私には秘密、と誓い合っていた場所。
……その会話を私が盗み聞きしていた場所。
「?」
蔵馬が心配そうに声を掛ける。
私は思い切ってその中に入った。
微かにお砂糖やフルーツの甘い香りがするキッチン。
見回せば、お菓子作りの道具や材料が片付け切らずに脇に置いてあった。
「ここでケーキ作ったの?」
「ええ」
蔵馬はお湯を沸かしながら振り返った。
そのまま彼はティーポットを出し、お茶の準備を始める。
私が手伝おうとすると、優しく制された。
「座っていて」
賑やかなパーティ会場から来たので、やけに静かに思える。
目を閉じると、カチャカチャと陶器の触れ合う音が聞こえてくる。
蔵馬が今何をやっているか、それでわかる……
私はパッと目を開けた。
この部屋の蔵馬を、こんな風に音で探るのは二度目。
急に先ほどまでの不安が戻ってくる。
紅茶の香りが甘く漂ってきた。
私はじっと蔵馬の整った横顔を見つめる。
「あのケーキ、オレがひとりで作ったみたいなことを言ったけど……」
蔵馬は戸棚に手を突っ込んでお皿を出す。
「実はさんに手伝ってもらったんです」
ズキッと胸が痛くなった。
会場の喧騒が遠くに聞こえる。
蔵馬は引き出しを開けて、あれこれ手に取りながら話を続けた。
「さんは黙ってろって言ったんだけど……」
「だったら言わないで」
思わず悲鳴のような声で言うと、蔵馬は驚いたようにこちらを見た。
そうして、ゆっくりと近付いて、私の前に座る。
「聞いてあげて欲しいんだ」
蔵馬は、組んだ両手の上に顎を乗せた。
「最初彼女、オレがケーキ作りを放棄して逃げたと勘違いしたんです。
実際にはオーブンが小さすぎてスポンジが焼けずに、別の所で焼いていたんですが」
私はしばらく唇を噛んでいたけれど、ハッとして顔を上げた。
『やいてくれたの?』
あれって、もしかして、スポンジの……こと?
蔵馬はどこか可笑しそうに続ける。
「それであの人、余っていた材料を使って、無謀にもこのオーブンで焼こうとしたんです。
見事に失敗しましたけどね。
そしてそのまま放浪していたんですよ。
オレ、昼間と一回会ったでしょう? あのとき」
そっか、蔵馬とケンカして飛び出したわけじゃなかったんだ……。
蔵馬は優雅な手つきで紅茶をカップに注ぐ。
「びっくりしたよ。
いつもあの人失敗したって笑ってごまかすでしょ?
それなのに、泣いていたってみんなに聞いて」
目の前に紅茶が差し出された。
私は黙ってそれを受け取る。
「いつもさんによくしてもらってるのに私は何にもできない、とか
自分が嫌いになったとか」
蔵馬は苦笑いして私を見た。
「とてもあの人の言葉とは思えない泣き言をたっぷり聞かされました」
そう言って彼は立ち上がる。
「だから一応、それだけは知っていてあげてください。
キャラを裏切ってまで、彼女があなたを大切に思っていることは」
キュッという音を立てて、蔵馬が冷蔵庫を覗く。
取り出したものを先ほどのお皿に乗せると、蔵馬はニコッと笑って私の前に置いた。
「これが正真正銘、オレがひとりで作ったケーキ」
「え……?」
私は驚いてそれを見る。
それは私の大好きなイチゴが飾られた、丸い小さなケーキだった。
ココア色のスポンジには丁寧に白いクリームが挟み込まれている。
ちゃんと絞り口を使って飾られた生クリームの上にはカットされたイチゴ。
チョコレートとミントが控えめにセンスよく添えられている。
「これ……蔵馬が作ったの?」
「ええ。なかなか思った通りにいかなくて何度も作り直しましたが」
蔵馬は照れたように笑った。
「ううん! すごいよ蔵馬!
こういう風に段を作るのって、慣れていても難しいんだよ」
さきほどの憂鬱も忘れ、私は思わずはしゃいだ声をあげてしまう。
蔵馬はそっとフォークを差し出した。
「どうぞ」
私はドキドキしながら、そっとフォークを入れる。
「よく噛んで食べてね」
ケーキなのに噛んで食べろだなんて。
クスッと笑うと、歯に何かが当たった。
ん? 口金でも入っちゃったのかな。
蔵馬が向こうを向いている隙に、私はそっとそれを口から出した。
「蔵馬……これ……」
彼は多分わざと向こうを向いていたんだろうと思う。
そのままプッと吹き出した。
私はフォークをお皿の上に置き、席を立って蔵馬の隣に行く。
彼は黙って受け取って、軽くそれを洗った。
きれいに整った指先が、小さなリングをつまんでいる。
「口移しとどっちがいいかなと思ったんですが」
もう。
そんなこと言うから、黒蔵馬なんて言われるんだよ。
彼は目を伏せ、静かに私の手を取る。
ゆっくり、ゆっくりとリングは指を滑り、ぴったりとそこにはまった。
「綺麗……」
手をかざし、呟く。
蔵馬も同じようにそれを見つめ、頬にそっと口付けた。
「誕生日おめでとう、」
私は腕を伸ばして蔵馬にしがみつく。
「今年も、その先も、ずっと一緒にいてね」
「約束します」
蔵馬の腕が私の背中に回る。
「大好き」
私の声に、蔵馬は少し腕を緩めて私の頬を手で包んだ。
甘く誘うようなその微笑みに、私はそっと目を閉じる。
蔵馬の前髪が優しく私の目蓋を撫で――
バン!!
私たちは抱き合ったまま、目をまん丸にして入り口を振り返った。
「やっと……やっと一番に見つけたぜ……」
「ゆ、幽助?」
彼は深く項垂れ、フフフフフと低い笑いを響かせている。
「あ、あの……」
蔵馬が声を掛けると、彼は満面の笑みで私たちを指差した。
「見ぃつけたっ!」
「は?」
幽助は晴れ晴れとした顔で、頭の後ろで両手を組んだ。
「ったくよー、今日は一日誰かを探してたじゃねーか。
だというのに主役の幽助さん、一回も勝ってねーの」
「あの、勝つって……」
グイッと幽助の親指が会場を指す。
「とにかく行こうぜ、みんな探してる」
「ふたりして何してたんだい? 蔵馬のスケベー」
会場に入った途端、ぼたんさんが猫顔で近付いてくる。
真っ赤になる私の隣で、蔵馬は鼻先で笑った。
「わかってるなら邪魔しないで下さい。
気が利かない人たちだな」
私はますます赤くなり、ぼたんさんまで頬を染めた。
「おいおいおい、気遣いの塊だろ?」
「このまま放っておいたらアップできん事態に陥っていた」
桑原君とコエンマさんがもっともだと言わんばかりに胸を張る。
蔵馬は何とも言えない笑顔でさんを睨みつける。
「そんなことになっても、あなたが何とかしてくれますよねぇ?」
さんは恥らうように目を伏せて、両手で頬を包んだ。
「無理よぉ! 私ってばジュブナイル作家ですもの」
「けっ!」
桑原君が力いっぱい叩き落す。
「そんな色っぽいことになっていただなんて!
さんにプレゼント開けるなって言っておいてよかったわ」
いいながら彼女は人ごみに消えていく。
「……プレゼント?」
みんなの視線がプレゼントの山に向けられる。
私は気になって、先ほどの黒い袋を取り出した。
ぺり……
テープを開けると、ガサガサとビニールが音を立てる。
「何だろ」
取り出した瞬間、その場が沈黙に包まれた。
「……ばばしゃつ……」
袋から現れたのは、3枚千円の値札がくっついたままの『女性用防寒肌着』。
蔵馬が黙って自分のうなじ辺りの髪をいじりながらさんの後を追う。
「……とりあえず仕舞っとけや」
幽助に促され、私はそれを袋に戻した。
と、袋の底に巾着包みが入っているのに気が付いた。
「うそー!? さんあれ着ちゃったの!?」
「着てません。そもそも脱がしてません」
「蔵馬の甲斐性なしっ!」
会場の奥の方から耳を塞ぎたくなるような大声が聞こえてくる。
私は冷や汗を浮かべながら包みを開けた。
『新品でなくてごめんなさい。
あなたの夢見るあなたになれますように』
カードと一緒に出てきたふたつの瓶。
ひとつはさんが私に似合うといってくれたトワレ。
もうひとつはさんがつけていた白薔薇の香りのそれだった。
キリ番をゲットしてくださいました柊のぞむさんに捧げます。
中篇『Hide-and-seek Princess』と同設定のお話になっております。
……というかあっちが本当のリクエストです。
だってリクエスト内容は「道場破り」だったんですもの……
のぞむさんのお誕生日とごちゃごちゃになってしまいました。
しかし差し上げ物にしては7話というのは大迷惑ですし
おまけにやたらと仕掛けまで組んでしまったので恐ろしいほどの大容量;
…で、とりあえずリクエスト作品としてこちらをまとめてみました…
今回のお話で蔵馬さんがリングを忍ばせたプチケーキ……
のような顔で背景にケーキの写真が飾ってあります。
だけどこれ他でもないのぞむさんの力作です。
ずーっと前にこんなのできましたって写真を送ってくださったんですよぅv
可愛い可愛い絶対これいつか使おうと思っていたのですが、何の因果かこの機会に。
蔵馬がこんなに上手に作れるわけないですわいな。
そして最後にのぞむさん、キリリク内容なくしちゃってごめんなさい……
お誕生日祝いが二日も遅れてごめんなさい……
ありえない長さのお話になっちゃってごめんなさい……
謝られる心当たりはきっと大アリだと思います。くぅぅ。
20061230