黒猫飛影の宅急便

「あのう……若菜さん、癌陀羅の大浴場ものすごく気になるんですが、明日お昼から用事があるので、もうこのまま出て始発で帰ろうかと……」
「実は私も明日休日出勤で……」
「ええっ!?」
 美馬さんは時計を見てゴクリと息をのむ。

「確かに、いま出れば始発に間に合うけど……」
 そのためには駅まで美馬さんの操る走る棺桶に乗らなければならない。いや、それ以前に飲酒運転だ。
それらを回避するためのバスが出るのは7時20分。とても間に合わない。
 だが、オレなら走れない距離でもない。
 ふたりくらいなら何とかなるし、この時間なら人目にもつかないだろう。

「あの、オレが送……」
「黒猫飛影の宅●便♪ 飛影~! ひえ~い!」
「何だ」
 突然大声を上げた美馬さんの前に、スッと黒い影が現れる。

「あのね、このふたりを送ってあげて欲しいの。彼女は神奈川、彼女は大阪」
 ……は?
「そんなことをしてオレに何の得がある」
 まあ、それが普通の反応だろう。

「あの、美馬さん、駅までオレが……」
「このサイトの誤字全部あなたにあげるわ!」
 オレの言葉が届く前に美馬さんが謎のフレーズを自慢げに放つ。

「な……んだと?」
「このサイトの誤字はすごいよ! 普通の文字サイトの10倍はあるからね!」
 どんな自慢だ。

「あ、そういえば美馬さん、先月アップされてたリライト、『の』が抜けてる部分がありましたよ」
「え、ホント? よーし、飛影。脱字も付けちゃう!」
「脱字……そいつは誤字より強いのか?」
「うーん、互角かな。でも誤字脱字あわせたらあなたは間違いなく世界一の大誤字持ち、いや、誤字ら王よ!」
 ……なんだそれは。

「その言葉に嘘はないんだな」
「もちろん!」
「フッ……よし。カナガーにオサカナだな」
 飛影、このサイトの誤字をかき集めるまでもなくお前は十分に誤字王だよ。
「神奈川と大阪!」
「知らん。道案内しろ」
 言うと彼はむんずとふたりのウエストに腕を回し、両脇に抱えて障子を足で蹴り開け、姿を消した。

 ……確かにオレでは駅までがせいぜいだ。
 だが、それでもやはりそういうのはオレの役割ではないのか?
 しかも何だ、あの連れて行きかたは。犬か猫でも抱えるように。
 夢サイトでそんな目に遭わせていいのか?

「よっしゃ! これで誤字脱字全部飛影のせいにできるっ!」
「子供が大人をさらってる、みたいな絵面でしたね」
「ゴブリンってあんな感じなのかも」

 一瞬で姿を消した3人を見送り、彼女たちは眠そうな目をこする。
「ところで癌陀羅ってメイク落としあるのかな」
「一応うちの持っていこうか。ペットのヒロインが普通に生活してたってことは新品のぱんつはあるはず!」
「あ、私使い捨てショーツ持ってる。100均だけどたくさん入ってるから持ってくね。若菜ちゃんは自分の持ってって」
「神……! うちにも新品のがあったかなー?」
「私、眠いんだけど大浴場気になります」

 彼女たちは何事もなかったかのようにお喋りを再開する。
 そう、慣れてしまっているのだ。このサイトの非常識に。
 いいのか、これで。

 考え込むオレの前にニュッと黒い影が降り立つ。
 「飛影……! もう帰って来たのか」
 「フン」
 まだ15分も経っていない。
 明らかに電車より早く、しかも交通費も浮いたのなら……これはこれでありなのかもしれない。
 オレとしては不本意だが。



20251228